アメリカに渡った日本人

移民政策が話題になっているアメリカ。
今から遡ること約100年前、和歌山から渡米した日本人がいた。ヘンリー・ユズル・スギモト氏である。元々同氏は絵を描くのが好きであったという。

和歌山県は平野が少なく、アメリカやブラジルへ移って農業などに従事する人が少なくなかった。同氏も農園で働くも、「このまま英語もろくに話せず、季節労働者として一生を渡り歩くのは嫌だ」と考えるようになり、油絵を学んだ。画家として認められつつある最中に第二次世界大戦が勃発、ルーズベルト大統領の大統領令により日系人の強制収容が行われ、スギモト氏も財産を没収され、妻子共々収容の憂き目にあう。

ここでスギモト氏は収容所の中での日常をモチーフにこっそりと絵を描いた。それが評価され、やがて公に描くことを認められるようになる。それまで風景画がメインであった同氏の転換期であった。

戦後、解放されたスギモト氏は絵を描き続け、日系人の強制収容に対する補償運動にも参加、米国市民の戦時中の強制疎開と抑留に関する委員会でも自ら描いた絵を携え証言を行う。そして1988年、レーガン大統領は「第二次世界大戦中の日系人強制収容は誤りであった」とし、収容者に対しひとり2万ドルの補償金を出す法案にサインした。

スギモト氏は日本でも収容所絵画展を度々開き、話題を呼んだ。和歌山にも数回里帰りし、和歌山市役所に壁画を描き、和歌山市立図書館などに収容所時代の絵を寄贈している。スギモト氏は1990年にニューヨークで亡くなられたが、同氏の絵は全米日系人博物館やスミソニアン博物館に数枚が永久保管されている。

スギモト氏が最後の和歌山への里帰りとなった後にニューヨークで描かれたと思われる絵が縁あって実家に保管されている。私が知る限り人物画がメインである同氏の絵としては珍しい和歌山城の遠景である。郷里に想いを馳せてお描きになったのだろうか。

戦争は多数の人の運命を変え、悲劇をもたらす。絵画を通じて今なおメッセージを発信し続けるスギモト氏の思いが引き続き平和に貢献することを祈りたい。

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